貧困の克服

貧困の克服 ―アジア発展の鍵は何か (集英社新書)

貧困の克服 ―アジア発展の鍵は何か (集英社新書)

正義とか公正という概念は、経済学だけではなく哲学や政治学にとってもつまずきの石である。「格差社会」を指弾する人々は、所得分配は平等であればあるほどいいと思っているのだろうが、働いても働かなくても所得が同じになったら、誰も働かなくなるだろう。他方、所得分配を市場だけで決めて課税も福祉給付もしないと、貧富の差は非常に大きくなる。この両極端が望ましくないことは自明だが、その間のどこに「最適」の分配があるのか、という問題には理論的な答がない。
(註: このパラグラフは池田信夫さんのブログから拝借しました)

民主主義というものは普遍的な価値を持っている。それを最も良く知る為には、飢餓と飢饉の実態を見ればよい。かつて民主主義が機能している国々で大規模な飢餓や飢饉の発生した例はない。一方で、民主主義が機能していない国々では飢餓や飢饉がたびたび発生する。これは食料の生産量とは関係のないことである。

それは何故か。民主主義が機能していない場合、国家的な危機や食糧難が発生したとき、政府は正しい情報を国民に開示しなくなる。そしてまた、歪んだ富の再配分が行われる。政府要人が利己的に行動したとしても、民主主義が機能していなければ、これに異議申し立てをすることはできない。結果、もっとも支援を必要とされている人々に十分な資源が行き渡らなくなり、飢餓が発生する。

十分に統計を精査すれば、これらの実態が浮かび上がってくる。一般に、飢餓は食料難から発生すると思われているが、統計をみれば、それは過ちであると分かる。民主主義は完全な制度ではないかもしれないが、とりあえず飢餓や飢饉を防ぐことができる。

また、民主主義が機能するためには、様々な条件が必要とされる。識字率の向上、言論の自由、身分差別や束縛のない自由な行動の保障....
民主主義は多数の合意によって結論を得る制度であり、これによって問題が解決されるとは限らない。しかし、民主主義を支えるこれらの条件は、たとえ問題が解決されなかったとしても人々にとって有益であり、個々人の生活に良いフィードバックをもたらすであろう。

一方で、開発独裁の体制は、経済成長という観点からみて有効であると考えられているが、これらの益を国民にもたらさない。経済が一本調子で成長するということはありえず、したがって景気後退や経済危機が発生したとき、開発独裁の体制は国民にとって望ましくない結果を生むであろう。

....というのが本書の要約。本書はセンの講演記録をまとめたものであり、それほど突っ込んだ論考はおこなわれていない。
巻末に訳者によるセンについての、かなり長い概論がついていて、(やや紋切り方だが)参考になった。