アル中病棟 吾妻ひでお

失踪日記2 アル中病棟

失踪日記2 アル中病棟

私は「共有する強い目的を、持っていない人々の集団」が好きだ。
例えば、田舎の予備校の寮、公営住宅自治会、食品衛生管理士の講習会、そして入院患者のための病棟....。
そういう場所を題材にしたルポタージュがあると、ついつい読んでしまう。
多分私は「何の巡り合わせでここに来たのか、どうしてこういう風になったのか分からない」という状況が好きなんだと思う。ちょっと詩的に言うと、人は皆、偶然の旅人なのだ。

本書は失踪日記の続編。失踪日記はホームレス編とアル中病棟編の二部構成だったが、本書はアル中病棟編を詳しく描いたもの。

本書ではかなりコミカルに描かれているが、アル中病棟というのは荒涼とした世界の果てのような場所だ。
しかし、そんな世界の果てのような場所にも、それなりの秩序があり、ドラマがあり、人々は微妙で細々とした連帯感をもって生きている。
読んでいると、「人間の営みってすごいな」と思わされる。改めて言うまでもないが、吾妻ひでおは凄い漫画家だ。

病院からでてきた作者が、周りの風景を見回して、ふと「素面って不思議だ」と呟くシーンがあるが、なにかこっちまで不思議な気分になってくる。

あと、この作品はかなり練り込んで製作されたらしく、背景とかも非常に丁寧に描かれている。
といっても神経症的、病的な丁寧さではなく、非常にユーモラスな感じで、作者が楽しんでいるのが伝わってくる。
大抵のシーンに細かい描き込みがあり、読む度に新しい発見があって楽しい。

慣れると、たまに背景がスカスカなシーンにでくわすと物足りなさを感じてしまうが....
「これは作者が描くのがしんどかったんやろうな(いろんな意味で)」
と思うことにした。

装丁も素晴らしい。
アル中病棟のさまざまな患者(と看護婦、医者)が細かく描写されているのだが、これは同時に作者の心象風景のメタファーでもある。
ちょっと詩的に言うと、人は皆、心の中にさまざまな傷ついた小人を飼っているのだ。